ウミガメについて知りたい

『Orientation and Navigation of Hatchling Sea Turtles.』
by Dr. Kenneth J. Lohmann (Univ. of North Carolina)

『子ガメの定位能力と航海』
ケネス・ローマン(ノースカロライナ大学)
 

 アメリカ合衆国フロリダ州で生まれたアカウミガメの孵化幼体は、砂中の巣穴から地表へ脱出すると直ちに海へ向かって駆けて行き、生まれた砂浜を離れて沖に向かって回遊していく。その後、ウミガメはNorth Atlantic Gyre(サルガッソー海を囲むように北大西洋を循環する大きな流れ)にたどり着き、その循環系の中で数年間を過ごすことになる。この間、多くの個体は大西洋を横断して東側まで達し、その後成長して北米大陸沿岸へ戻ってくる。私たちがこの10年間の研究で焦点を当ててきたのは、幼いウミガメが岸を離れて沖合へと回遊していく際に一体どのようにして進むべき方向を知るのかという問題と、成長していく過程でそのNorth Atlantic Gyreから外れないでそこに留まっているために、どのようにしているのかという問題の2つである。

 沖へ向かって回遊している間、ウミガメは定位のための手がかりになるものを、いくつも次々と切り替えながら利用していることが明らかになっている。砂浜の上では、暗くてより高い位置にある植生や砂丘の影から遠ざかり、明るくより低い位置にある水平線の方へ向かって這っていくことで、海を見つける。しかし、海に入った後は視覚に頼らずに、今度は波に逆らって泳ぐことで外洋への方向を確認していく。水中を泳いでいるときには、波が伝わる際に生じる一連の加速度を知覚することで、波の進行方向を知ることができる。岸に近い浅い沿岸部では波は必ず岸に向かって進むので、波に逆らって泳ぐことで確実に陸から離れて外洋へと向かうことができる。

 陸から離れて海底の深度が深くなっていくと、そのうちに波は必ずしも岸に向かって進むとは限らなくなる。そうなると、もう波は沖の方向を知る手がかりとしては使えなくなる。しかし、フロリダの砂浜から外洋へと孵化幼体を追跡してみると、波の向きが今まで進んできた方向と一致しなくなっても、さらに沖をめざし続ける。これらの結果から、孵化幼体は岸から離れた後は進むべき方向に関する情報源として、それまでの波にとって変わる何か他のものを利用しているということが考えられる。

 室内実験によって、アカウミガメとオサガメの孵化幼体は地磁気を感知することが明らかになっている。しかし、岸から離れて沖を目指す回遊に磁気コンパスが機能するには、沖合を示す磁界の向きに関して、遺伝的にプログラムされているか、或いは後天的に学習しなければならない。孵化幼体が巣穴から海へ向かうまでの間に磁界の向きを学習するのかどうか調べるための実験を行った。ウミガメを真っ暗な通路の端に置き、反対側にかすかな明かりを付けて光に向かって這っていけるようにした。孵化幼体が通路の反対側へたどり着いたところで、明かりを消して実験個体を水槽の中に移し、完全な暗闇の中でウミガメが泳げるように設定した。

 通路の中を東へ向かって歩いた個体は、結果的に東へ向かって泳ぎ、反対に西へ向かって歩いた個体は西へ向かって泳いだ。周囲の磁界の向き人為的に逆転して泳がせると、逆向きに泳いだことから、ウミガメは地磁気を感知したということをが示された。通路の中を全真っ暗闇の状態で歩かせた個体では、特に有意に定位する方向はなかった。これらの結果は、ウミガメが巣穴から脱出する時にはまだ磁界に関する指向が備わっておらず、砂浜のわずかな距離を進む間にこれを学習するという仮説を支持する。

 孵化幼体は波を手がかりとすることで、指向する磁界の向きを確定することもできる。砂浜を歩く前のアカウミガメの孵化幼体を造波装置つきの水槽に入れて紐でつなぎ、波に向かって泳げるようにした。30分間の実験の後に波を止め、実験個体のうち半分は周囲の磁界を操作しないままの環境で泳がせ、残り半分は地磁気と逆転する方向の磁界の中で泳がせた。その結果、前者のグループは、波を与えた時と同じ方向に泳ぎ続けた。しかし、後者のグループは、波を与えていた時と逆の方向へ向かって泳ぎ続けた。そして、第三のグループとして、波のない条件下で泳がせた個体は、いずれの方向へも有意な定位は行わなかった。これらの結果は、ウミガメは沖の方へ向かうための磁界に関する指向を遺伝的に獲得しているのではなく、磁界以外の環境要因に基づいてその指向を学習するということに対するもう一つの証拠である。

 これらの発見を合わせ考えると、孵化幼体は地上か水中のどちらかで、一方向を定位し続けることで、外洋への磁界の向きを学習するとことになる。自然界では、孵化幼体はより明るく、より下方に位置する水平線に向かって砂浜の上を歩いていく。したがって、ひとつ考えられることは、砂浜を歩きながらはじめに進んだ方向、或いは、陸から離れるように泳ぎながらはじめに進んだ方向が、磁気コンパスによって置き換えられるのかもしれない。このようにして、孵化幼体は波が常に岸に向かって進む沿岸部を離れた後も、更に沖へ向かって同じ方向を定位し続けるのであろう。

 要約すると、アカウミガメの孵化幼体は岸から離れて沖へ向かって回遊していく間に、3つの別々の手がかりを用いて定位することが明らかになった。砂浜の上では、より明るく、より下方に位置する水平線に向かう。海に入ると、はじめのうちは波に逆らって泳ぐ。砂浜を歩いている間と沖に向かって泳いでいる間に、海・沖合への定位を地磁気コンパスへと切り替える。このように、定位の為の情報源を切り替えていくことにより、波が必ずしも岸に向かうとは限らない海域に達した後も、なお岸を離れるコースを維持し続けることができるようである。

 岸を離れて沖へ向かう回遊は、何年間にもわたって続く大回遊のほんの始まりの部分に過ぎない。アカウミガメの孵化幼体にとって、外洋域に留まるように定位しながら動くことは、成長の点から有利に作用するかもしれない。例えば、メキシコ湾流の暖かい水は、若いウミガメにとって好ましい環境を与えるが、North Atlantic Gyreの北限をそれてしまえば致命的となる。North Atlantic Gyreの北端がポルトガルに近づく付近で、西よりの海流は二手に分かれる。そのうち北側へ向かう支流は、グレートブリテン島(イギリス本島)を通過すると急激に水温が低下する。この支流に乗って北へ流された個体は、直ぐに凍え死んでしまう。同様に、North Atlantic Gyreの南端部分でそこから更に南へ向かって挑んだ個体は、南大西洋海流系の中へ流されていってしまい、本来の分布域から遠く離れてしまう危険がある。したがって、North Atlantic Gyreの北限と南限でそれを感知して適切な方向へ定位するという能力には、十分に適応的意義がある。

 地磁気を利用することで、地球上における位置を知ることができる。地磁気のいくつかの成分は、地球上の位置によって異なり、これは予測が可能である。したがって、もしウミガメが位置によって変化するこれらの地磁気の成分を探知できるとしたら、その能力によって、North Atlantic Gyreの中に留まっていられるようになるであろう。

 特に緯度と対応して顕著に変化する地磁気の成分は、伏角(磁力線と水平面がなす角)である。地表のどの位置にいても、磁力線は地表とある一定の角度をもって交わり、その角度は地磁気の赤道で0度となり(磁力線が地面と平行である)、磁極点では90度となる。したがって、伏角の変化を感知できる動物は、自分の位置についてその概ねの緯度がわかるのである。

 アカウミガメが回遊ルート中のいくつかの地点で観測される磁界の違いを区別できるかどうか確かめるための実験を行った。水槽の周囲をコイルで囲み、コンピューター制御により北大西洋のあらゆる地点の磁界を再現できる装置を作り、その中に孵化幼体を入れた。三カ所の海域における磁界を再現してその中に孵化幼体を曝したところ、いずれも場合の反応も、それが実際に自然界で起こった場合には、実験個体をNorth Atlantic Gyreの中に留めるようにする方向への定位であった。これらの結果から、若いウミガメは地磁気を道しるべとして有効に活用しうるということと、孵化幼体は、普通なら海に入ってから後数週間、数ヶ月後まで遭遇しないはずの磁界成分に対しても、巣穴から脱出した時点ですでに反応するようにプログラムされているということが示唆される。このようなプログラムされた一連の反応は、若いウミガメがはじめての大回遊をする際の進行方向誘導システムなのかもしれない。

(翻訳:松沢慶将)

第10回日本ウミガメ会議(御前崎会議)講演要旨,うみがめニュースレター,2000,No,43,7-9,